2011年11月23日

中日ドラゴンズ日本シリーズ敗北

 中日ドラゴンズがソフトバンクとの日本シリーズに敗れました。3勝4敗でした。

 もう三日前の話題なので、野球に興味のある人はとっくにご存知でしょうし、興味のない人はそもそも興味がないわけで、どちらにせよ今日はあまり価値のない記事かもしれませんが、まあここは一つ読んでやってください(?)


 僕は、落合監督が今季限りで退任するので、ここで中日が勝てばドラマティックだなあ、と思っていました。

 そして、そうなることを望んでいましたが、…ダメでした。

 中日はとにかく点が取れませんでした。それはペナントレース中もそうだったのですが、しかし振り返ると、逆にそこが中日の強さを表していたと思います。

 点が取れないのに勝つということは、守りが固いということです。また、必然的にロースコアの接戦をモノにしないといけないということですから、執念や集中力・緻密さが必要になります。

 中日にはそういう要素があったわけで、それでペナントレースを制し、クライマックスシリーズを勝ち、日本シリーズに進出してきたのです。

 でも…結局負けてしまいました。

 やっぱり勝負はわからないものです。厳しいものです。

 しかし、その不確実さや残酷さがあるからこそ、面白いのでしょう。

 僕は中日に思い入れてそこにドラマを見出しましたが、ソフトバンクにはソフトバンクで同じようにドラマがあったはずです。

 まさに「野球は筋書きのないドラマ」でした。



メインサイト:新潟市中央区オステオパシー(米国式整体)施術室
posted by 施術者 at 06:12| 新潟 ☁| 時事・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月09日

中日ドラゴンズ、日本シリーズ進出

 僕が注目している落合監督率いる中日ドラゴンズが、クライマックスシリーズを制し、日本シリーズへの進出を決めました。

 落合監督になった2004年からの中日は、今年までの8年間、すべてAクラス(3位以上)入りし、リーグ優勝が4回を数える常勝チームになりました。

 2007年には日本一になり、それは50年以上ぶり。去年、今年のリーグ2連覇は球団初。今の中日は、球団史に残る強さを誇っているのです。


 しかし・・・2007年のときの日本一は、リーグ優勝を逃し、クライマックスシリーズを勝ち上がっての日本シリーズ制覇でした。

 ですから落合中日も、いまだにリーグ優勝後の日本シリーズ制覇、いわゆる「完全制覇」は成し遂げていない状況です。


 今年、落合監督の退任が決まっている最後の年、完全制覇が成し遂げられたならば・・・ずいぶんドラマチックですよねえ。


 ちなみに・・・クライマックスシリーズって、僕はない方がいいと思います。

 せっかくリーグ優勝したのに、短期決戦のトーナメントでそれが無になるって、ちょっと納得がいかないのです。

 今年は、中日もソフトバンクも、ともにリーグ優勝チーム同士の日本シリーズなので、本当の日本シリーズのような気がします。

 でも、本当じゃない日本シリーズが行われてしまう状況というのは、どうなのでしょうか・・・。



メインサイト:新潟市中央区オステオパシー(米国式整体)施術室
posted by 施術者 at 00:13| 新潟 ☁| 時事・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月23日

落合監督の「過去」

 今年のプロ野球ペナントレースも、中日ドラゴンズが優勝しました。球団史上初の連覇だそうです。

 少し前に、今季限りでの落合監督退任に対するちょっと意地の悪い報道に、「観客動員数が減っているのは落合のせいとは思えない」「落合は偉大な野球人で、球界には必要な人間だ」と僕は書きました。(その文章、誤って消してしまったのですが/笑

 今年もまた優勝してしまい、あの人の偉大さというのはやはり証明されたと思います。

 しかし今日は、落合監督に関してあまり詳しくない人でもわかるような、落合監督の「過去」についてちょっと書いてみたいと思います。
 野球人としても偉大だけど、人間としても深みのある魅力的な人間なんだぞ、ということを訴えようと思うのです。


 本人またはその他の人のいくつかの著書、テレビ番組から得た情報です。

●高校時代、先輩からの理不尽なしごき(本人は「いじめられた」とも表現)が嫌で、何度も野球部(学校にも)に行かなくなる。実力はあったため試合の度に呼び戻されたそうだが、その翌日に学校を休むこともあったそう。
 映画を見て時間をつぶすことが多かったそうだが、本人いわく「映画という逃避場所がなければ自殺していたかもしれない」とのこと。

●大学は、地元秋田から東京に出てきて野球部に入る。全寮制。高校時代ほどいじめはひどくなかったそうだが、入って間もないころに「何もかもが嫌になった」そうで、寮を脱走。二週間ほどホームレスを経験したらしい。
 その際、いろいろな人に助けてもらったらしい。

●その後、地元に戻り、アルバイトなどをして過ごしていたそう。一時はプロボウラーを目指したそうだが、交通違反をして罰金を取られ、受験料が払えなくなってやめたらしい。

●二十歳を超え、「いつまでも親のスネをかじっていられない」と思い、東芝府中工場で、期間工として働き始める。ここで野球部に入り、才能を開花させ、のちにドラフト三位でロッテに入団するのだが、野球をやるために東芝府中に入ったのではなく、単にちゃんと働こうと思って入ったらしい。


 ・・・その後の活躍は野球ファンなら皆さんご存知だと思うのですが、プロ入りの25歳まで、落合監督はこんな人生を歩んできたのです。

「ひたむきに野球に打ち込んできた青春時代」なんてものではなく、挫折し、迷いながら、良き偶然にもめぐり合って、今の落合監督があるのです。

 あの人は、「ホームレス三冠王」だったんです(笑)


 僕はちゃんと野球をやったことがありませんが、どうも見聞きしたところによると、いくら個人個人の能力が高くても、やはりまとまりのないチームは勝てないというのが、野球というスポーツのようです。

 長丁場になるプロ野球のペナントレースなどは、特にそれが現れることでしょう。

 監督、コーチ、選手、その他スタッフまで、いかに一丸となれるかが結構重要みたいです。


 勝利を大前提にして実力主義のチーム作りを貫く落合監督ですが、それにはやはり選手を見る目や評価の公平さが大切でしょうし、うまくいってない人へのフォローも欠かせないものだと思います。

 合理性とともに、人間そのものを理解する力みたいなものも必要だと思うのです。


 落合監督には、ちょっと珍しい「過去」の経験から身につけた、他の人には見えない何かが見えるのではないでしょうか。


「やってるのは選手だ。選手をほめてくれ」
 よくそう言っています。
posted by 施術者 at 07:09| 新潟 ☁| 時事・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。