2013年05月25日

サッカー日本代表トリビア

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 先日、患者さんと話していて、「サッカーの日本代表が、ワールドカップ本戦に出場できるかどうかを決める試合が、もうすぐ行われる」ということを教えていただきました。

 僕はテレビを見ないので、全然知りませんでした。

 基本的に、僕はサッカーのことはわかりません。

 しかし、その時にその患者さんと話をしていたら、細かい、どうしようもないことを僕は結構知っていたみたいで、その方に「今日はいろいろなトリビアを知りました」とおっしゃっていただきました。

 そこで調子に乗って、今日は僕の知っている「サッカー日本代表トリビア」を披露しようと思います。

 以下、箇条書きしていきます。

 ちなみに、すべて僕の記憶の中にある事柄ですので、記憶違いや、不正確な理解、完全なデマが混じっているかもしれません。それを含めて、楽しんでください。


<2010年大会>

・最初に代表監督を務めていたオシムさんは怒ると怖いらしく、ある試合で結果がかんばしくなかったときに、試合後選手たちにメチャクチャなことを言い、通訳が泣いた。(何を言えば通訳が泣くのか?)

・オシムさんは、「PKは運だ」という持論を持っていて、時間内に決着が着かずにPK戦になると、ベンチに帰ってしまう。


<2006年大会>

・代表チーム内で、ディフェンスラインをどの位置にするかで意見が分かれ、チーム内が不仲だった。

・監督のジーコさんは、「選手一人一人が自ら考え決断する」チームを作ろうとしたが、それはうまくいかなかった。


<2002年大会>

・監督のトルシエさんは、コンビニが日本人に悪影響を及ぼしていると言ったらしい。(便利すぎて良くないという意味らしいです)

・トルシエさんは「フラット・スリー」という戦術を用いていた。(そうそう、そうでした。言葉だけ覚えてます)


<1998年大会>

・日本代表が初めてワールドカップ本戦に出場したこの大会で、予選までメンバーに入っていたカズが、本戦から代表を降ろされた。

・監督が、加茂さんから岡田さんに途中で変更された。岡田さんのときに本戦出場を決め、カズを代表から外した。

・それに対しカズは、「自分は日本に帰ってきたが、日本代表としての誇りはフランスに置いてきた」と言った。(かっこよすぎる!岡田さんもすごいと思う)

・カズの代わりにフォワードを務めた城は、そのプレッシャーから不眠などの体調不良に陥り、そんな中で戦っていたカズのすごさをあらためて知った。

・当時二十歳ぐらいだった中田(ヒデ)は、試合中に「さん」付けなどしていられないと、「カズ」「ゴン」と呼び捨てにしていた。

・移動のバスでは、一番奥の一番左の席がカズ専用だという暗黙の了解があり、みんなそこには座らなかった。(今から何年か前にエキシビジョンマッチで当時のメンバーが集まったときにも、誰もその席には座らなかった)

・城がカズダンスをしたら、カズに怒られた。


<現在>

・中村憲剛がNHKの子供番組に出て、踊りを踊っている。

・カズはまだ日本代表に入ってワールドカップに出場することをあきらめていない。


 いかがでしたでしょうか?
posted by 施術者 at 06:27| 新潟 | 時事・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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